離島の公営塾
教育改革を見据えたキャリア教育
活動概要
大小様々な離島が集まった町 愛媛県上島町で地域おこし協力隊として活動中。少子高齢化が進み多くの地域の学校が廃校に危ぶまれている中、町内唯一の弓削高校を存続させ地域の衰退に歯止めをかけるため行政が2017年から「高校魅力化プロジェクト」を開始。プロジェクトの柱として弓削高校生専用の公営塾『ゆめしま未来塾』が創設され、同塾の塾長として創設から生徒指導とプロジェクトの推進を支えている。ゆめしま未来塾では2020年の教育改革に対し早くから着目し、高校教員と協力しながら二人三脚で5教科以外の学習にも尽力している。
Q1「現在どのような活動を行っていますか?」
愛媛県上島町というところで、役場が運営する公営塾で活動しております。その塾の名前が「ゆめしま未来塾」といい、個別指導とキャリア教育という2つの柱で運営をしています。個別指導の方では、生徒たちと定期的に面談を実施して、一緒に目標を決めて自立して勉強できるように指導しています。もう1つはキャリア教育というものをやっておりまして、2020年に大きく国の教育が変わってきています。※1変わるっていうのは早めから言われていたので、早くから焦点をあて、地域の方々の力も借りながら、社会に出ても役立つ力ですね、5教科以外の社会に出ても役立つ力を育んでいます。その成果もあって、今年度は国公立の大学進学者も5,6人出すこともできました。
民間の塾と大きく違うところは町が運営していて、しかも町内唯一の弓削高等学校という高校の専門塾になっています。公営でやっているので月謝も非常に安く、学校の先生と協力し合いながら、互いにできる事・できない事をしっかり区別して、共有して、生徒の学習や成長を相互に促しながら指導しているというのが大きな特徴となっています。
このような取組は町の協力があってこそ実現するものですか?
この取り組みは割と色んな所でしてるんですけど、上島町の方々は本当に協力的で。上島町は「船乗りの町」ってよくいうんですけど、近くに大きな港があって、くじらの漁に行ったりする人たちが港に船を寄せていたんですね。そこの船乗りたちが帰って来たりとかする町になっていたので、外の人たちに対する抵抗感は少なくて、外から流れてくるものをどんどん受け入れていこうって姿勢があって。ただ、そういう風な姿勢があるからこそ外に出ていきやすいっていうのもあって、人が減っていく。
高校が無くなるとみんな保護者たちは外に出ていく。高校が無ければ、小・中って行かせる意味がないので。唯一の弓削高校を残すために、町の人口流出に加速がかからないように、弓削高校を魅力的なものにして、生徒確保をして町の人口流出を防ぐんだっていう強い地元への愛から生まれたプロジェクトなので、地域の人たちの期待もあるんですけど、やっぱり温かみ、協力体制とかっていうのは非常にすばらしいものです。
国公立大学の合格者がいるということは、もともと学力の高い学校なんですか?
ウェブサイトとかで調べると愛媛県の中では一番下の偏差値の高校にはなるんですね。ただ、これは離島っていう地域性、町内(島の中)の人たちしか通わない高校というのもあって、偏差値はそんなにあてにならないものにはなっているんですけれども。やはり、離島っていう地域性から勉強がすごくできる子から、ちょっと苦手で小学校・中学校さぼってましたって子たちもいる、めずらしい高校ですね。地域性は出てるんですけど、数値で言うとあまり高くない高校になりますね。
学校の先生と塾の先生、それぞれの考え方や立場の違いで衝突したりはしませんか?
それはすごくあります、衝突っていうのは。今でこそ無くなったんですけど、やっぱり設立当時っていうのは、愛媛県の先生方は、公立高校なら「夜の9時まで勉強教える」っていうような考え方が根付いている県でして、そこに塾が入ってきた。塾はいらん、学校が何とかするっていう考え方が強い先生が多かったんですけれども、働き方改革※2もあるので、少しずつ衝突しながら話し合いながら。やはり、同じ方向を向いてるというのが分かった時に、学校のサポートが非常に良くなって。どんどん協力体制が出来上がって、今は本当に互いになくてはならない存在と認め合っているカタチです。
キャリア教育というのは具体的に何をするのですか?
例えばグループディスカッション・プレゼンの仕方であったりだとか、あとは多様性ですね。色んな人種が入ってきたりもするので、多様性っていうのは何なのか。社会に出て仕事をしていく上で(必要になる)、僕たちが学校で習わなかったようなことを、ワークゲームや課題研究といった体験型の学習を通じて、座って講義を聴くというよりは手を動かして・頭を動かして1つの成果物をつくる。それに対して振り返りを行って体験を学んでいく、実体験をして学んでいくというカタチでキャリア教育というものは実践しています。
進学希望者以外の生徒も通っていますか?
大学受験で5教科以外の表現力とか思考力が必要ってなってきて、それが評価基準になっている状態なんですけど。そもそもそういう風になったきっかけが、学校で学んだことが社会人になって役に立たない。最近の時代の速さに対して、日本の教育っていうのは対応できていないっていう風なことがわかってきたので。元々は大学受験(を受ける生徒)に対してやっていたことではあるんですけど、(これからは)社会に出て役立つ力っていうものになるので、僕個人としては、大学進学する子たちより高校出てすぐ就職しようとか、専門学校に行って直ぐ社会に出るぞっていう子たちにより学んでほしい。僕たちの塾でもそういった子たちを対象にやっています。
Q2「あなたが考える、現在の教育業界が抱える課題や問題点は?」
学校教育の現場と一緒に今活動しているので、特に学校教育っていうところに対して課題や問題点があるんですけれど、学校教育の現場でいえば、生徒指導以外ですね。授業(生徒指導)っていった部分以外の生徒に関わらない業務が非常に多く、生徒に対しての時間が多くとれないことが課題と思っています。
活動しているプロジェクトに関わるようになってから、学校という環境に身を置いて先生たちの仕事ぶりやスケジュール感、業務の内容を近くで見てきたんですけれど、弓削高校の先生たちは非常に思いやりが強くて、生徒たちをすごく大事にしてる。ただ、働く環境とか仕組みっていうのが今の時代に合っていなくて、学校の先生方もすごい前時代的な考え方っていう風には言うんですけれども、そういった環境の中で、やりたいことや思いっていうのを実現できない場面をよく見てきました。
また、保護者の学校に対する期待っていうのがすごい大きくなってきて、学校に自分の子どものすべてを預けようとする人も少なくないんですね。うちの子どもが行儀悪いのは学校のせいだとか、悪いことしたら学校のせいだとか。全部学校に任せようとするっていうのが時代の風潮としてあるのかなと思っています。
なので、学校という組織や考え方を今の時代に合わせたり、合わせられなくても流動的・可変的なものにして学校教育というものを改革していかなければ、教員を目指したいって思う若い世代が減ってきて、学校教育という分野がどんどん衰退してきて、お金ある人は民間の教育に行くことができてっていう風な形になって、もっともっと教育格差が広がってくるんではないかと思っていますね。
生徒指導以外の業務は具体的にどういったものがありますか?
よく耳にするのが、県の教育委員会、学校の先生方の上の組織ですよね。それがアンケートを取ってくれ・こういう事をしてくれ・こういう事を報告してくれというような指示や情報収集のための連絡が本当に唐突にあるらしく、そういったものに手を取られてしまって。昨日来て、今日出さなあかん、でも、生徒全員にとらなあかんみたいな情報があったりだとか。
あとは、単純に弓削高校は特に教員の数が少ないですね。1学年1クラスの学校なので、先生も全員で15人ぐらいなんです。なので、業務量っていうのが分散できなくて入試や定期テストの準備も1人の先生が、例えば、理科の先生であれば生物・化学・物理を各学年分揃えないといけない。社会の先生も日本史・世界史・現代社会・政治経済・地理とか。生徒と話す時間より、パソコンと向き合う業務の方が多くなっているのかなと思いますね。
それでも先生として働き続ける理由は何だと思いますか?
生徒の成長が見れたり、指導することが好きだったり。僕たちが生徒のときに感じていた「先生ってこういう風な仕事なんだろうな」と思っていたり、見えたりしている部分っていうのが好きな先生方が多いように思います。
Q3「将来、日本の教育はどうなる(べきだ)と思いますか?」
もっともっと地域に開いていって、公教育(学校教育)も私教育(民間の教育)も一体になって子どもたちを支えていけるような仕組み作りがこれから必要になってくるじゃないかなと思っています。
まず、学校の先生が地域や塾とか民間の教育にもっとオープンマインドになって、逆に地域の人たちや塾業界の人たちも相互に理解してほしいと願ってまして。教育という業界の活動目的は絶対に子ども達のためであるはずなんですね。その同じ目的をもって、目の前の子ども達に良い環境を提供できるかというところをしっかり考えていって、それを業種限らずに一緒に考えて歩んでいけたら本当に最高なんじゃないかなと思っています。ただ、教える側がもう自分の人生を懸けて、身を粉にして骨身を削ってという感じに聞こえるかもしれないですけど、教える側も自分の人生を豊かにしていった上でやるっていうのは絶対かなと思っています。
そのような未来にするために一番難しいことは何だと思いますか?
やっぱりプライドが邪魔をするというか、他の色んな業種もそうだと思うんですけど、自分のやっている仕事に対しての誇りだとかプライドがある。そこが一番邪魔するんじゃないかなと思っていて。プライドをいかに子ども達のために横に置いて、色んな物事を進められるかどうかっていうのが、一番大きな障壁であって超えないといけない課題なのかなと思います。
共に歩むためには何から始めればいいでしょうか?
何でもいいんで「まずやる!」。1から100まで組み立てないと動けないっていう人たちの方が多いイメージがあって、僕もそうだったんですけど。何をするかより、いつやるかだと思うんですね。思ったときに何かアプローチをかけて、失敗してでも良いので、やっていくって考えが一番必要なのかなと思います。
先生自身は今後どのようにアプローチする予定ですか?
現在高校生に対して教育活動をしているんですけど、高校に入ってくる子どもたちを見ていると勉強を苦手としている子の方が多いなぁという印象で、小学校・中学校で躓いている子たちも多くいる。僕自身も町の活動で、大きく局面を見ているようで、ただ、僕自身がそんなに大きな人間ではないので、まずは手の届く範囲で良いので、目の前にいる子どもたちに。特に小学校・中学校の子ども達に対して弓削高校の中で活動してきたことを小学校・中学校の時からやって、良い成長を促進できるように、僕自らが塾を開いて1人でも多くの子ども達に関わっていこうかなと考えています。
SQ「もし、無人島に物を1つだけ持っていけるなら何を持って行きますか?」
無人島に住んでいるようなものなんで(笑) そんな超ド田舎ってわけじゃないんですけど。
ナイフ。え?これはガチで答えていいやつ?ボケとかいらんやつですよね?ナイフ…ですね、ちょっと大きめのナイフ。アウトドアが好きで無人島に子どもたちを連れて行くボランティアをやっていたので、そこで何が一番要るのかなって思ったときに、自分の手先よりもより強固なもの、ナイフなのかなって。ちょっとガチで答えてしまって申し訳ないんですけど、思いました。
※1 2020年教育改革
新学習指導要領では、①学びに向かう力・人間性、②知識及び技能、③思考力・判断力・表現力、という3つの力を育むことを目的に、主体的・対話的で深い学びの視点から授業が改善される。変更点の中では、プログラミング教育の導入や英語教育改革(小学校での教科化等)、大学入試改革(センター試験の廃止等)などが特に注目を集めている。参考資料:文部科学省「平成29年・30年改訂学習指導要領のくわしい内容」https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1383986.htm
※2 働き方改革
「働き方改革」の目指すもの
我が国は、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「育児や介護との両立など、働く方のニーズの多様化」などの状況に直面しています。こうした中、投資やイノベーションによる生産性向上とともに、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境を作ることが重要な課題になっています。「働き方改革」は、この課題の解決のため、働く方の置かれた個人の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにするこを目指しています。
「働き方改革」の実現に向けた厚生労働省の取組み
長時間労働の是正/雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保/柔軟な働き方がしやすい環境整備/ダイバーシティの推進/賃金引上げ、労働生産性向上/再就職支援、人材育成/ハラスメント防止対策/働き方改革取り組み事例、自己診断/働き方改革関連法の施行に向けた取引上の配慮について/取引条件改善など業種ごとの取組
出典:厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000148322.html