004 / 武藤紗貴子

ツナガリMusic Lab. 代表

プロフィール

2012年
国立音楽大学卒業
東京都内の特別支援学校に勤務
2016年
ABA行動セラピストとして訪問療育事業に従事
2017年
ツナガリMusic Lab.設立
2018年
ソーシャルビジネスコンペedge最優秀賞受賞
2019年
NEC社会起業塾生に採択

障がいのある子どもたちの音楽教室

自己肯定感を育むメソッド(ABA)

活動概要

発達障害のある子どもの音楽教室、ツナガリMusic Lab.を運営。幼い頃から上手くいかない体験が重なると、自信を失い、いつか挑戦を恐れてしまう。

そんな子どもたちのためのオーダーメイドレッスン。障害児教育の専門家が生徒の課題を詳細に分析。適切な支援を施し、子どもの自信と意欲を育む音楽教室。

Q1「現在どのような活動を行っていますか?」

 発達障害のある子どもたちの音楽教室「ツナガリMusic Lab.」を運営しています。2017年の4月に立ち上げをしまして、今創業3年、5名のスタッフで、1歳から21歳まで60名の生徒さんと楽しくレッスンをさせていただいてます。

なぜこのような教室を始められたのですか?

 もともと私は特別支援学校で教員をしていました。そこで子どもたちの魅力をすごく感じて大好きだなって感じる子どもたちだったんだけれども、自分に自信が持てない子どもたちがたくさんいるっていうのを目の当たりにしていました。障害がある=自己肯定感が低いっていうことではなくて、障害があることによって失敗体験を積み重ねてしまったとか、周囲からうまく理解を得られなかったとか、そういった経験が積み重なっていくことで、それが自己肯定感の低下につながって、さらに、不登校であったり鬱などの二次障害に苦しむ子どもたちがいるのを、すごく問題に感じていました。教員っていう仕事も大好きだったんですが、結婚を機に退職をするタイミングで、改めて何をしていきたいかっていうのを考えたときに、音楽を通して自己肯定感を高めていく、親御さんの力になっていくっていう仕事がしたいっていう思いで、この教室を立ち上げました。

具体的にどのような方が通っているのですか?

 「発達障害の子どもたちの教室です」というような形でホームページにも掲載していますので、療育手帳※1を持っているお子さんが来ていることが多いんですが、一方で、音楽教室なので福祉の手帳がないと入れない所とは違います。ちょっと手先が不器用であったり、障害はないんだけど自己肯定感がすごく低くてっていう様な親御さんからも、レッスンに申し込みいただいています。なので、ほんとに音楽が大好きで、音楽を楽しめる場所がほしいっていう形で来られている方もいらっしゃいますし、音楽がもともと好きってことではないけれども、子どもたちに自信をもって育ってほしいという願いをもった親御さんも来られています。

教室のレッスンの特徴は何ですか?

 レッスンの特徴の1つは、ABA2という理論をベースにしているところです。ABAというのは、例えば、ピアノが弾けないっていうような場面があったときに、一般の教室であれば「もう1回弾いてみよう。もう1回見ててね」っていう、同じ練習を繰り返し行って、でも上手くいかないケースが出てくることがあります。ABAでは、ピアノが弾けないのが、どのステップで躓いているのかを細かく見ていきます。例えば、「白鍵と黒鍵の違いがわかっているだろうか?」「2つの黒鍵と3つの黒鍵の違いわかってるかな?」とか。実は(ピアノを弾くのって)すごく細かいステップがある複合的な活動なので。どこで躓いているのか分析していって、言葉で伝えた方がわかりやすいお子さんもいれば、視覚的に示してあげた方がわかりやすいお子さんもいるので、その子に合ったやり方で支援を行うことで成功体験を促していくというのが特徴になっています。

業務の1つであるABA講座とは何ですか?

 私たちは子どもたちの自己肯定感を育てていくために、支援者の関わりが大切だと考えています。なので、支援者向けのサポートとして、発達相談とABAの講座を実施しています。具体的には、発達障害のある子どもたちと関わる上で「何が大切か」というところで、環境設定ですね。その子の「できた!」であったり、逆に困った行動を減らしていくために、どのような環境設定をしていくと良いんだろうという、その引き出しの部分を親御様に伝えていったりします。

 例えば、うちの教室でもADHD3の傾向があって、わからないときや難しいときにパンと叩いちゃう、ヒートアップして叩いてしまう状態になったときにはなかなか言葉掛けも入りづらいですし、また、叩いちゃった事で子どもが落ち込んでしまう。それを見た親御さんも落ち込んでしまうっていう事がやっぱり起こってしまうんですね。なので、どうしたら手が出るっていう行動を変えていけるのかっていうところで、うちでは、「難しいときには先生に難しいって言葉で伝えようね。」というお約束事を先にしておいて、それを紙に貼ってすぐに思い出せるような状態にしています。また、難しいなって思ったときに「もうヤダ!」って思う導火線がすごく短かったりするので、すごく細かく積むステップで課題を進められるように難易度を調整したりするっていうような環境設定をしています。なので、具体的に困っているのが「どんな場面ですか?」っていうところを一緒に分析をしていって、じゃあ次のステップとして、どうしたら困った行動を良い行動に置き換えられるかっていうところを一緒に考えられる講座をしています。

Q2「あなたが考える、現在の教育業界が抱える課題や問題点は?」

 目の前で関わっている子どもたち、それから親御様のお話を聞いていて感じることとして、お子さんの多様性に応じた学び方っていうのが、学校教育の現場ではなかなか提供できていない現実があるんじゃないかなという風に思っています。

具体的にどのような課題があると思いますか?

 先ほど“レッスン”でお話していた「ピアノが弾けない」のように、例えば「かけ算ができません」という状況にあったとき、できるまで繰り返しやってこうみたいな学び方っていうのが続いてきた現状の中で、みんなと同じやり方でやるっていうことだけが選択肢ではなく、その子に合わせてもっとわかりやすく視覚的に示していくこともできると思いますし、聴覚的な刺激として入れていった方がわかりやすいっていうお子さんもいたりするので、どうしたらその子ができるようになるだろうかっていう、その選択肢がいろんなところで提示されて、どこの現場にいっても多様性が保障されていくと良いんじゃないかなと思っています。

そのような課題を解決する為には何が必要だと思いますか?

 今、お話させていただいたようなかけ算のときに、1パターンじゃなくて色々なやり方があるよねっていう部分を学校の先生が全部やらなきゃいけないってなると、それこそ先生が疲弊してしまう、やっぱり限界があるんじゃないかなっていう風に思っています。例えばそれを外部のツールであったりだとか、私たちのように専門性がある人が学校現場に入って、足りない部分を、こんなやり方をしたらこの子できるんじゃないかっていうような、専門家がどんどん入っていけるようになっていくと良いかなというのは思っています。

専門性は先生という肩書や資格があれば保証されるものですか?

 参考になるかわからないですけど…私が特別支援学校の教員になって、特別支援学校は高い専門性を持った人たちが集まる現場だと思っていたんですね。なんですけど、実際に入ったときにそうとも限らなくて。もちろん、すばらしい先生もたくさんいらっしゃるんですが。例えば、東京都の教員試験とかを考えたときに、特別支援教育の免許が無くても入れる仕組みになっているんですね。5年間で資格を取得すればそれでOKというようなこともあるんですけど。ということは、支援教育のすばらしい知識を持っている人が入ってくるとは限らないということで、私自身も「この子の対応どうしたらいいんだろう?」って困ったときに解決策を先輩たちに聞いて、出てくることもあれば、出てこないっていうことも現場としてはありました。

 そんなときに、私は言語聴覚士の先生との出会いがあって、そこで困った行動についてABAの視点で分析してみようっていうアドバイスを頂いて、そのアドバイスをもとに支援の方法を変えたときに、子どもはガラッと変わっていったんですね。なので、教員をやめるタイミングではすごく療育の施設について調べたんですけど、療育の現場といえど、ここはただ遊んでいるだけだから良くないですっていう親御様の口コミを見たときに、同じ言語聴覚士っていう仕事でも素晴らしいなって感じる先生もいれば、もしかしたら親御さんのニーズやお子さんのニーズに満たない療育をされている方っていうのもいらっしゃるんじゃないか?っていうのは感じているところです。うーん、難しいですね。

Q3「将来、日本の教育はどうなる(べきだ)と思いますか?」

 本当に良いと思うものを選択できるような社会になっていくといいなっていうのを感じています。コロナのことがあって、「本質的な学びって何だろう?」っていうところを、より考え始めているなと思っています。今は、学校教育の現場っていうのが1番としてあって、学校に行けない子がでてくると、どうしても親御様としては、すごく落ち込んでしまう。学校に行かないんだったら、じゃあ、ここに行けば良いじゃないか!これをすれば良いじゃないか!とか、そういったものが中々見つかりづらい状況があったりすると思っています。学校教育自体が子どもたち・親御様たちに選ばれるような魅力的で、その子に合った学び方ができる現場になっていくっていう、すごく大きな願いとしてはあるんですが、学校教育っていうものに縛られずとも、例えば、私たちは自己肯定感を高めるっていうことをミッションとして活動していますが、もっと他の選択肢としてこんな子どもたちを育てていきたいっていうような新しい形の学びを提供する現場っていうのが出てきたら良いんじゃないか、増えていくと良いんじゃないかなって思っています。

具体的にどのような取り組みが期待されますか?

 私たちがやりたいなって思っていることの1つとして、実際に学校の現場にいる子どもたちを直で支える仕組みが作れないかなというのは思っています。私は前職でABAの行動セラピストという仕事をしていて、そのときはスクールシャドー※4としてインターナショナルスクールに通う子どもたちの支援をやっていました。インターナショナルスクールはABAのセラピストを入れていくことに積極的で、「必要ですよ」ってことを親御さんに提案して、実際に現場に入っていくっていうような取り組みをしていたのですが、そうすると学校の先生で提供しきれない部分、個別に支援が必要な部分っていうのは、専門性のあるABAのセラピストが支援をすることができて、子どもはそこで心地よい学びがつくれるっていうような状態でした。

 私たちに限らずですが、例えば今の学校の現場には加配※5の仕組みっていうのがあって、支援が必要なところにサポートする大人は入っているんだけれども、サポートする大人に、特別支援やABAの専門性がないことの方が多かったりするのではないかなと思っていて。専門性の高い大人が、子どもたちの、例えば授業で困っていることを、こういうやり方をしたら、もっと上手くいくんじゃないかっていうようなアドバイスをするような仕組みが作られたら良いと思っています。

SQ「是が非でも手に入れたいものは何ですか?

 仲間です。うちの教室では実際に待っている子どもたちがいます。一般の教室であれば、例えば「うちは満席なんです。良い先生がいるので紹介しますね」って言ってあげられると思うんですが、うちの教室は1年待ちでやっと入ってくる状態なので。でも、その1年って子どもたちにはすごく大切な1年であって。やっぱり、やりたいって思ってくれた子どもたちに、思ったそのときにサービスが提供できる状態じゃなきゃいけないと思っています。私たちと同じように、子どもたちの笑顔や成長を引き出したいっていう同じ思いで、一緒に教室を作ってくれるような仲間っていうのが今一番欲しいです。

※1 療育手帳

知的障碍者に都道府県知事(政令指定都市にあってはその長、鳥取県鳥取市、岩美町、若桜町、智頭町、八頭町にあっては鳥取市長)が発行する障害者手帳である。出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』https://edtechzine.jp/

 

※2 応用行動分析学(ABA

応用行動分析学、通称「ABA」(Applied Behavior Analysis)とは、人間の行動を個人と環境の相互作用の枠組みの中で分析し、実社会の諸問題の解決に応用していく理論と実践の体系です。応用行動分析学の土台には、米国の心理学者スキナー(1904-1990)が創始した、行動分析学という学問が存在します。従来の心理学では、行動を起こす理由をその人自体、つまり個人に求めていたのに対し、行動分析学では、人の行動や心の動きは、個人とそれを囲む環境との相互作用によって生じると考えました。つまり、その人の気持ちや行動の原因を、周囲の環境との関係のなかで見ながら考えましょうというものです。応用行動分析学(ABA)は、行動分析学の研究により蓄積された知見を、実社会の諸問題の解決に応用しようと試みるなかで生まれました。応用行動分析の手法は、教育、医療、福祉、看護、リハビリテーションなど幅広い領域で成果を上げ、現在も現場での実践と、研究が進んでいます。発達障害の子どもへの療育にも応用が進んでおり、様々な成果がでています。出典:LITALICO発達ナビ『発達障害の療育のベース「応用行動分析学(ABA)とは?」https://h-navi.jp/column/article/632

 

※3 注意欠陥多動性障害ADHD

ADHD(Attention-Deficit Hyperactivity Disorder)は、注意欠陥多動性障害と呼ばれ、年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力、衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障を来すものである。また、7歳以前に現れ、その状態が継続し、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。教室で注意や集中力を維持できない、落ち着きがない、途中で席を立ってしまう、話を最後まで聞かないなどの症状が多い。学習面よりも行動面を重視する点でLDと区別されるが、実際にはLDを合わせもの割合も高い。出典:『Handy必携シリーズ①教育用語の基礎知識』時事通信出版局編

 

※4 スクールシャドー

スクールシャドーとは、幼稚園や保育園、学校で集団生活を送っている子どもたちへ、親やセラピストが、影(シャドー)のごとく寄り添い、必要なスキルを効果的に学習できるようにサポートする直接的で具体的な支援方法です。担任の先生やクラスメートが支援方法を学習し、子どもを取り囲む社会そのもののサポート力を高めていくことも目的としています。出典:『ABAスクールシャドー入門』学苑社・帯

 

※5 加配教員

義務教育標準法や高校標準法に基づいて算定される公立学校の教員定数に上乗せして文部科学省が配置する非常勤の教員。教育困難校対策やチームティーチング・少人数指導・習熟度別指導の実施などを目的として配置される。出典:『goo辞書』https://dictionary.goo/ne/jp/

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