虚構のニンジン ―第3回―
時代遅れの公立入試
【完全版:note】https://note.com/rosy_wren8976/n/n7668bab06f6d
―― 「一発勝負」が公立淘汰を加速させる
「高校選択の幅をひろげる」
「真に望む進路を選べるように」
最近、こうした耳ざわりのいい言葉を、私立無償化の議論とセットで聞くことが増えた。大阪では、ここに「切磋琢磨」や「一丁目一番地」を添えるのが、政策提言の“作法”らしい。
しかし、ここで一つ、冷静に考えてみたい。
本当に――
資金力と学力があれば、人は“望む進路”を選べるのだろうか。
望む進路を邪魔するのは何か
受験の現場で、生徒の進路を動かしているのは、理想や夢だけではない。
もっと生々しい理由もある。
- 落ちたくない
- 周りの目が気になる
- 何がしたいのかわからない
- リスクを取るほど思い入れはない
こういう理由で志望校を変える生徒は、珍しくない。
私自身、通学距離を何より重視するタイプだが、だからといって「一駅近い」ために、落ちるリスクを取ろうとは思わない。
この話をすると、たまにムキになる人がいる。
「リスクを取れない人間が果実を得られないのは当然だ!」と。
たしかに、受験での合格=努力の結果としての“果実”として、高校入試をとらえれば、筋の通った理屈にも見える。
しかし、それは高校入試制度の議論として適切なのだろうか?
私は少し本筋から外れているように思う。
高校入試が、ほぼ全ての国民が参加するイベントである以上、
ここで語られるべきは、個人の勝ち負けではなく、
制度構造そのものではないだろうか。
“大阪”高校入試の今
いま大阪で起きているのは、単なる「私立人気」ではない。
- 私立入試は合格しやすい 1
- 他方、公立入試は未だにリスクのある一発勝負 2
- 公立高校は次々と定員割れを起こし 3
- 条例に基づく“統廃合”が次々と実施される 4
- 結果、「私立」への公金支出は正当化される
ここで指摘したいのは、
入試制度の歪みが生み出すミスマッチと、
公金支出の適正の問題だ。
にもかかわらず、日本では不思議なくらい、
この手の議論がタブー化しやすい。
いまだに、
- 高校入試は「ガチンコ一発勝負」
- 保険として滑り止めを受けるのは当然
そう信じている人も多いようだ。
これは、「入試」というイベントで生かされてきた
教育産業の底力でもあると思う。
だが、世界的に見れば、このような日本の高校入試は“普通”ではない。
競争より適材適所が目指された入試
政策決定者が大好きなアメリカでは、もう20年以上前から、
高校入試に「マッチング理論」が採用されている。
これは、婚活などで使う“マッチングアプリ”のマッチングである。
実際、この理論の原典ともされる、ゲール&シャプレー(1962)の論文 5では、
大学入試と結婚市場を例に、「安定した割り当て」の作り方が説明されている。
ここでいう“安定”とは、簡単に言えば、
「誰も抜けがけして別の組み合わせを作ろうとは思わない」状態を指す。
つまり、制度がうまく設計されていれば、
余計な駆け引きや不安が減る仕組みなのだ。
日本では、ノーベル経済学賞を受賞した『Who Gets What』の著者、
アルヴィン・ロスがよく知られているが、
この「マッチング理論」は、ロスを含む経済学者たちによって、
臓器移植や研修医の配属、就職など、様々な場面で実用化されてきた。
高校入試の文脈でも、
で、マッチング理論、
いわゆるDA(Deferred Acceptance)方式が採用され、
世界中から実践的研究成果が発表されている。
ここでの主眼は、
「どういう競争の枠組みにするのが望ましいか」ではなく、
「どうすれば生徒と学校の“最適の組み合わせ”が実現できるか」だ。
大阪版DA方式のイメージ
厳密な説明は専門の解説に譲るが、
ここでは、簡単なイメージだけ示しておく。
大阪の現実に合わせて言えば、以下のような流れになる。
①各受験生は、出願時に「第1志望、第2志望、第3志望…」と、すでに合格した私立併願校以上に通いたいと考える公立高校(学科)をすべて順位づけてして提出する。仮に、私立併願を経ていない場合(公立専願者)は、行きたい公立高校(学科)をすべて記入すればよい。
※ここで記入する、志望校の数には特に上限を設けない。
②各公立高校は、選抜基準(学力検査・内申点など)を基に、募集人数に相当する数を仮合格者として一時的にキープし、残りは一旦不合格とする。
③不合格になった受験生は、次の志望校にまわされ、そこで再び選抜候補に加えられる。※学力検査(入試)は一度きりであり、他の選抜でもその結果を利用する。
④各学校は、キープしていた仮合格者と新たに加えられた選抜候補者を合わせて、改めて募集人数に相当する仮合格者を決定する。もちろん、新たに加えられた選抜候補者の登場により、仮合格者が不合格となることもある。
⑤上記の手続きは、すべての受験生について、いずれかの学校で仮合格が決まるか、すべての学校での不合格が決まるまで繰り返される。
⑥すべての受験生についての上記手続きが終了したと同時に、各学校の仮合格者の「合格」が確定する。
受験生目線で見れば、
合格可能な学校の中で、いちばん上に順位付けした学校に割り当てられる。
すべてダメなら不合格だが、
志望校の数に制限がないため、その可能性は極めて低い。
つまり――
“保険のための併願”や“追加入試(1.5次や2次)”も必要なくなる。
そして何より、
「リスクを恐れて志望校を下げる」ことがなくなる。
(専門的には“戦略不要性”と呼ぶらしい)
「競争がなくなる」わけではない
ここで、よくある誤解を潰しておく。
マッチングを導入したら競争がなくなる、というわけではない。
むしろ、人気校の競争は過熱しうる。
なぜなら、これまで
- リスクを恐れて挑戦を避けていた層
- 情報格差で安全策に寄っていた層
が、挑戦できるようになるからだ。
したがって、「競争がなくなることで、トップ層が伸びない」
といった“ゆとり教育批判”のような論法は、
少なくともここでは的外れになる。
競争すべきところには競争が残る。
ただし、負けたときのセーフティネットが、課金や駆け引きなしで用意される。
私はこれを、単なる“包摂”ではなく、
不平等な競争環境を是正する“フェアな”制度設計だと捉えている。
なぜ日本の入試は変わらないのか
ここから先は、言いにくい話になるが、
一般に、入試制度の変更には、関係者ごとに異なる利害が生じる。
- 保護者・生徒側:準備をやりなおし、新しい制度を理解する必要がある
- 中学校側:新しい制度への対応コストが増える
- 行政側:大きな変更には、説明責任と結果責任が生じる
現行制度のもとで成立してきた教育産業のビジネスモデルも、その例外ではない。
受験に関する「不安」が緩和されれば、
市場は一定程度縮小するだろう。
もちろん、このような現状維持を望む考えが、
すべて悪いと言いたいのではない。
ただ、制度を合理化することに
反対するインセンティブが存在するのも事実だ。
先行事例のはずだった大阪
私立無償化が全国へ広がりはじめたいま、
この話は“大阪だけ”のものではなくなる。
公立淘汰を含む高校勢力図の変化――
これは、全国的な課題に昇格するだろう。
この流れの中で、数年後、どこかで
「マッチング型の公立入試」が実装されていても何も不思議ではない。
実際、関東からは次々と重要な発信がなされている。
ただ、私の気分は晴れない。
大阪は、全国に先駆けて学校間競争を促す改革をしてきた。
影響も早く出た。
なのに十数年が経った今も、本質的な議論はほとんど表に出てこない。
このままだと、気がつけば東京から“正論”を突き付けられ、
大阪は政治主導で渋々制度を変える――
そんな情けない結末にもなりかねない。
それは、大阪の教育に関わる人間として、
できれば避けたい結末である。
次回予告
なぜ私立高校が選ばれるのか
次回は、教育の“質”や学校努力の問題としてではなく、
受験生が置かれている「選択環境の設計」から考える。
「パンよりケーキを選ぶだろう?」
これは真実なのだろうか。
公立の“定員割れ”は、本当に
- 公立高校の怠慢
- 個々の学校の問題
なのだろうか。
行動経済学の知見にそって、そこを少し掘り下げてみたい。
※本記事は、筆者の教育実践および公開資料の分析に基づく一般的な解説であり、特定の学校・団体・個人を非難または評価することを目的とするものではありません。
※記載している数値や事例は、制度理解を目的としたモデルケースまたは公開情報に基づくものであり、個別校の入試結果や合否を保証するものではありません。
※最終的な進路選択にあたっては、必ず各学校が公表する最新の募集要項・説明会資料等をご確認ください。
筆者:藪中孝太朗
- 第一回 https://ic0.tv/press/kyokounoninjin1/ 第二回 https://ic0.tv/press/kyokounoninjin2/
- 大阪府立高校入試は、募集人数以上の合格者を出さない。したがって、合格率(=合格倍率)は、その年度の出願者数に依存する。
- 2025年度入試には、約半数の公立高校が定員割れとなっている。
- 大阪府立学校条例第2条2(平成26年大阪府条例第101号・一部改正)は、「入学を志願する者の数が三年連続して定員に満たない高等学校で、その後も改善する見込みがないと認められるものは、再編整備の対象とする」と規定している。
- Gale, D. & Shapley, L. S., 1962, “College Admissions and the Stability of Marriage,” The American Mathematical Monthly, 69(1), pp. 9–15.
- Abdulkadiroğlu, A., Pathak, P. A., & Roth, A. E., 2005, “The New York City High School Match,” American Economic Review, 95(2), pp.364–367 Abdulkadiroğlu, A., Agarwal, N., & Pathak, P. A., 2017, “The Welfare Effects of Coordinated Assignment: Evidence from the New York City High School Match,” American Economic Review, 107(12), pp.3635–3689
- Pathak, P. A. & Sönmez, T., 2007, “Leveling the Playing Field: Sincere and Sophisticated Players in the Boston Mechanism,” American Economic Review Papers & Proceedings, 97(2), pp.195–200 Pathak, P. A. & Sönmez, T., 2008, “Leveling the Playing Field: Sincere and Sophisticated Players in the Boston Mechanism,” American Economic Review, 98(4), pp.1639–1652
- https://www.mdc.e.u-tokyo.ac.jp/news/6531/
- https://www.akabayashi.info/activities/research/highschool_matching_system/