虚構のニンジン ―第1回―
誤解される私立高校の倍率
―― 倍率「4倍」でも全員合格?
「めっちゃ倍率高いけど、本間に大丈夫なん?」「あそこの学校、人気あるから専願でもヤバいんちゃうん?」「高校いかれへんかったらどうしよう…」
受験シーズンになると、こうした相談を何度も受ける。
そのたびに、ため息が出る。
大阪府下の私立入試は、正規ルートで受験すれば、合格率は極めて高い。
それにもかかわらず、毎年受験シーズンになると
- ○○高校 倍率2.35倍
- △△高校(□□選抜)倍率10.48倍
といった数字が並び、あたかも熾烈な競争が存在するかのような記事や投稿が出回る。
もちろん、これらの数字自体は嘘ではない。
多くの場合、大阪私立中学校高等学校連合会(以下、私立連合会)が公表するデータをもとに算出された、形式的には正しい「倍率」である1。
しかし――
それが、受験の実態を正しく伝えているかは、まったく別の話である。
「倍率」という言葉に潜むトリック
ここで一般的に使われている倍率は、
志願者数 ÷ 募集人数
で計算される、いわゆる「募集倍率」である。
これは、多くの人が「倍率」という言葉から無意識イメージする
・ 合格しやすさ
・ 落ちる確率
・ 学校の人気
とは、ほとんど関係のない数値だ。
とはいえ、そう説明されても、ピンとこない人が大半だろう。
実際、私自身もこの仕事をするまで、ここを深く考えたことはなかった。
そこで、具体的な例を使って、少し考えてみたい。
具体例:300人定員の私立高校の場合
ある学力中位の私立高校が、1学年300人規模で運営されているとする。
今年の入試では、
- 専願志願者:200人
- 併願志願者:1000人
合計1200人の志願者を集めることに成功した。
さて、あなたが安定した学校運営を目指す立場なら、このうち何人を合格させるだろうか。
「専願は150人、併願は300人くらい合格させれば十分ではないか?」
――残念ながら、“大阪”ではそれでは足りない。
公立入試の合格率を前提にすると、答えがわかる
大阪では、公立高校に合格すれば公立に進学するのが一般的だ。
さらに、昨年は公立高校の“半数”が定員割れ(合格率100%)している。
もっとも人気があるとされる文理学科ですら、
倍率は1.18倍(合格率85%)~1.49倍(合格率67%)である2。
このことを踏まえると、併願合格者の半分が来てくれると仮定するのは、現実的ではない。
併願合格者のうち、実際に入学してくれる割合は
学校や年度で差はあるものの、良くて1割前後と見積もるのが現実的であろう。
では、この前提に立つとどうなるか。
- 併願1000人を全員合格させても、入学者は約100人
- 残り200人は、専願志願者で埋める必要がある
結果として、専願志願者200人も全員合格させるという判断になる。
よって、安定的な運営を目指すなら、このようなケースでは併願・専願をあわせた志願者“全員”を合格させるのが、合理的といえる3。
それでも「倍率4倍」になる理由
では、このケースの倍率はいくらになるだろうか。
直観的には、志願者全員が合格しているので、
合格倍率は1倍
合格率は100%である。
しかし、世間に出回る倍率(=募集倍率)では、そうはならない。
前述した募集倍率の計算式にあてはめると、
志願者1200人(併願+専願) ÷ 募集人数300人
倍率は4倍となるのだ。
つまり――
実際には誰も落ちていないのに、「倍率4倍」という数字が出来上がるのだ。
ここに、最大のミスリードがある。
もっとも、多くの人は、ここまでの数字を提示しても、多少の違和感が残るだろう。
その理由についても、少し補足しておきたい。
そもそも公立入試では、原則として募集人数を超えた合格者は出さない。
すなわち、公立入試においては
募集倍率 = 合格倍率
という構図がほぼ常に成り立つ。
この経験があるからこそ、「倍率=合格倍率(合格率)」
という感覚が無意識のうちに刷り込まれてしまうのだろう。
しかし、その公立入試における常識は、
上述したように私立高校には当てはまらない。
ここを意識しない、発言が多いからこそ
誤解や違和感が生まれるのだろう。
募集倍率は「人気」も示さない
もうお気づきの人もいるかもしれないが、
この数字(募集倍率)だけでは、本来何もわからない。
入試難易度や合格率を表していないことはもちろんだが、
各学校の人気を表しているわけでもない。
- 本命(専願)だけで定員が埋まる学校
→ 併願を大量に集める必要がない
→ 募集倍率は低く出やすい - 本命(専願)に選ばれにくい学校
→ 滑り止めとして併願を広く集める必要がある
→ 募集倍率は高くなりやすい
実際は、上記の中間に位置する学校が多いが、
少なくとも、
募集倍率からは、その学校が「人気があるのか」は判断できない。
なぜ「合格倍率」が使われないのか
では、なぜ誤解を招きやすい募集倍率ばかりが使われるのか。
理由は単純だ。
合格倍率(合格者数 ÷ 志願者数)は、合格発表後にしか確定しない。
一方、募集倍率は出願締切直後に確定する。
すなわち、
- 不安と関心が最大化する時期
- 最も閲覧数が稼げるタイミング
に出せる数字が、“募集倍率”なのである。
一方で、合格発表後、おそらく新生活がはじまった後に公開される“合格倍率”を気にする人は、ほとんどいないだろう。
すなわち、“合格倍率”にはニュースバリューがないのだ。
実は大阪府は「事実」を把握している
もっとも、ニュースバリューがないからと言って、
そのようなデータ(合格倍率)が存在しないわけではない。
大阪府は毎年、私立高校の
- 志願者数
- 合格者数
- 競争率(実質的な合格倍率)
を集計している。
この情報は、情報公開請求を行えば、誰でも確認可能な公的データである4 。
その数値を見ると、
大阪府下の私立高校全体の合格率は、毎年98%前後で推移していることがわかる。
すなわち、実質的な合格率は約1.02倍となるのだ。
この合格率は、おそらく普通ではない
参考までに、他府県の研究データ5を確認しておくこととする、
- 東京都の私立一般入試の合格率は約54%
- 比較対象であるX県の合格率は約81%
といった水準が示されていた。
これは、大阪府下の私立高校の合格率、約98%とは大きく異なる。
むしろ、大阪の私立合格率は、
「それ以前にほぼ合格が確約される」と説明される
東京都の“併願優遇制度”の合格率98.4%と、ほぼ遜色ない値と言える。
誤解されたままの「倍率」
それにもかかわらず、
- 倍率が高いから不安
- 倍率が低いから人気が落ちた
といった受け止め方は、未だに繰り返されている。
ここでの問題は、“数字そのもの”ではない。
数字の意味が、正しく共有されていないことにある。
おそらく、高校入試は都道府県によって、ルールが違う。
この事実(前提)が共有されず、SNSを含む様々なメディアで
全国的な議論が行われるから、誤解がどんどん広がっていくのだろう。
次回予告
ここまで読むと、過去問(いわゆる赤本)を一度でも見たことがある人ほど、
別の疑問が浮かぶのではないだろうか。
「本当に、あのレベルの問題で、毎年98%の人が合格基準をクリアしているのか?」と。
少なくとも、注3で提示したデータは、
大阪府が集計した公的なものである。
では、なぜ大阪の私立高校は、
このような高い水準の合格率を維持できるのか。
次回は、その背景にある制度構造と、
長年続いてきた受験慣行について、もう一段踏み込んで考えていく。
※本記事は、筆者の教育実践および公開資料の分析に基づく一般的な解説であり、特定の学校・団体・個人を非難または評価することを目的とするものではありません。
※記載している数値や事例は、制度理解を目的としたモデルケースまたは公開情報に基づくものであり、個別校の入試結果や合否を保証するものではありません。
※最終的な進路選択にあたっては、必ず各学校が公表する最新の募集要項・説明会資料等をご確認ください。
筆者:藪中孝太朗
- 大阪私立中学校高等学校連合会は「大阪の私立中学校・高等学校情報」にて、生徒募集状況など、入試に関する最新情報を公開している。https://www.osaka-shigaku.gr.jp/
- 令和7年度(2025年度)大阪府公立高等学校入学者選抜における志願者数については、こちらを参照されたい。https://www.pref.osaka.lg.jp/o180040/kotogakko/gakuji-g3/r07_shigansya.html
- これはあくまでシミュレーションであり、実際には、このようなケースでも数パーセントの不合格者がでる場合もある。
- 大阪府のホームページ上で、「大阪私立高等学校入試1次募集選抜結果」としてExcelデータが公開されているが、探すのが非常に難しい。以下は、情報公開請求により、筆者が取得した過去分のデータである。https://ic0.tv/module/wp-content/uploads/2026/01/R6_1senbatsukekka.pdf
- 田垣内義浩(2025)「地域ごとの入試制度と高校入試経験-併願優遇制度に着目して」,中村高康編『高校入試と内申書』中央公論新社,pp.185-209